思えば遠くへきたもんだ
思えば遠くへきたもんだ。
久しぶりに東京を離れて京都へ舞い戻ってきた気分はなんともいえん。
仕事とはいえ一度は馴染んだ土地を再び訪れると、むせかえる白粉がつんと漂ってくるように感じた。
血の匂いを消す為に女を抱き、今度はその色気に狂う、その繰り返し。
どこまでが正気でどこまでが狂気なのか考えていたらそれでこそ気が滅入る。
だから何も考えず、それはすべて「武士」というものをまっとうする為とだけと言い聞かせて
この町を駆け馳せ、そしてやがては萎れていった。
・・・外部より迷い込んだ余所者の男は街を汚すだけ、女は街を堕とすだけ、
ただ地元の人間だけがそれを迷惑そうに傍観して、また時代が刻まれ流れていくのを焼き付けていく。
思えば遠くへきたもんだ。
若い頃の、しったふりをしてなにもしっちゃいなかったあの頃。
憤りもなにもかもに無自覚でいて、それがあの中を生きる術だと開き直っていた。
逃げるように江戸を出て、いつまでも際悩まされる意識の呼応に知らぬ振りをし、
何一つ蹴りを付けられぬままこの京都を離れた。
もう二度とこの地を踏むまいと追われるように、死に行く仲間をおいて。
誰もそれを咎めまいと、抜けない怨念じみた楔を自らの胸に刺し、
結局は江戸から逃げたように、俺は京都という街から逃げただけなのだと気付きながら
手折ったものすべてから背をむけた。
その代わり、この命尽くして死のうと。
「おばんどす、今日はどちらに」
「あぁ、ちと物見遊山にな。」
悔いた余生を送るよりもせめてそれを取り返そうと教えてくれたのは、この京都。
失って腐る前に救ってくれたのは、己の側を通り過ぎた者たち。
今も尚、支えてくれる仲間と妻子と。
思えば、ここまでよく来れたものだ。
だが尻尾を巻いて逃げたこの街から眼を反らしたりはしない。
やがてまた俺は江戸へ戻るが、逐電したあの日の俺の残像を心に焼き付けて、
今を生きる街へと歩き出す。